ゴルフの本質は攻めか守りか
ゴルフは安全にプレーするのが良いのか、それとも大胆に攻めるべきか。たとえば、大胆なショットをして成功すれば、それが勝因とされるし、反対に失敗におわれば敗因とされます。そうすると「なぜ安全なショットをしなかったのか」と批判されます。
ゴルフは、本質的には「攻めのゲーム」と考えていいのでしょうか。どちらを原則としてどちらを応用として考えたらいいのでしょうか。
(静岡県 K.F 36歳)
1メートルのパットに精通してごらんなさい
失敗があるから、ゴルフは退屈せぬ。考え通りに展開するスポーツであれば、1年で飽きてくるであろう。
批判は成長のこやし。批判されなかった人なんて、どこの世界においてもいるはずがない。
愛情のこもった批判に対しては謙虚になれる。これは人間の本能の部分。
悪意に満ちた批判に対しては、だれでもが背を向ける。こりゃ、当然といえば当然のこと。批判の味を噛みしめながら生きていくのは、結構楽しいものではある。
さて、プレーの攻撃基準であるが、私は攻めと守りは「コインの裏表」であると考えております。
攻めの意図がなければ、守りの力量は活かされぬものであるし、守りの姿勢が明確でないと、攻めの準備はできぬものでありましょう。どっちもどっち。やはり「コインの裏表」でありましょう。
貴兄に対して、お願いがひとつある。1メートルのパットを5割の確率で入れられるまで練習をやってほしい。1メートルの距離に精通すれば、攻めと守りのつながりを肌で覚えることは出来ましょう。
その上で改めて「コインの裏表」を考えてほしい。
原則と応用は、ゲームの世界には存在しない。あくまでも流れの中にあるのがゴルフゲーム。
興味本位の心で分析することの危険性を、貴兄は知るべきであろう。知ることによって、後退することもあり得る、ということを知ってほしい。
貴兄には、1メートルの距離を見つめてほしい。そう願っております。
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