2019年12月1日、ツアー最終戦までもつれ込んだ賞金レースを制し、2017年以来、2度目の賞金女王に輝いた。女子プロゴルファー鈴木愛、25歳。2度のけがによる離脱をはねのけ、史上3人目の年間7勝。支えてきたのが、2015年から所属契約を結ぶ「セールスフォース・ドットコム」だ。キャップや腕につけた「Salesforce」のロゴに見覚えのある人も多いはず。法人向けにCRM(顧客関係管理)のクラウドアプリケーション・プラットフォームを提供する世界的リーダー企業。同社日本法人の小出伸一代表取締役会長兼社長と鈴木愛プロ。2人のトップが熱く語った。
賞金女王
——賞金女王を獲ったときのことを教えてください
小出会長:リコーカップの日はお客様とゴルフをしていたんですが、LPGAがライブでスコアを流していたので、自分たちのゴルフのことより気になってしまって。フロント9は調子が良かったのですが、鈴木プロが18番でボギーをたたいた瞬間にこっちも落ち込んでトリプルをたたいたりした。そういう状況で賞金女王が決まった瞬間、連絡したんだよね。
鈴木プロ:うふふふふ。そうですね。去年はけがとかもあって、自分が求めるゴルフに体が追い付いていかなかったのもありましたし、とにかくゴルフが嫌だった。
小出会長:休むときも相談を受けて、「将来のことを考えれば一度休みを取るのも重要な選択肢の一つになる」という話をしました。
鈴木プロ:正直言って「休む」と言ったときは、残りの試合に全部出たくないぐらい嫌でしたね。でも、応援して待っていてくださったスポンサーの方々や子供たちもいたし、「早く復帰したい」というモチベーションもあったから、どうにか頑張って出ましたけど。本当は休みたかった(笑)
いま明かす契約の経緯
——セールスフォース・ドットコムとの所属契約は2015年からですね。鈴木プロは20歳だった前年、「日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯」でツアー初優勝をメジャータイトルで飾った。そもそも契約の経緯とは
小出会長:当時、私どもの製品の採用を決めてくださる方は部長さん以上の男性が多かった。土日の午後3時ぐらいからテレビでロゴが露出すると、企業内の意思決定者に「Salesforceって何?」と知っていただける。認知度を上げる上で、将来有望な女子プロの候補から、「若さ」と「成長」という点で愛ちゃんが一番うちにフィットするだろうとお願いしました。
鈴木プロ:(母親と一緒に会社で契約の説明を受け)最初から最後まで全然わからなかった(笑)。いまはクラウドもわかるようになりました(笑)
小出会長:そのときは「クラウド事業を始めた会社でアメリカでは非常に認知度が高いので、もし、アメリカのツアーに行くのであれば、私どものロゴをつけていればメリットはあります。うちの提供しているサービスやソリューション、加えて社会に対する貢献活動なども含めて、当社と契約することが愛ちゃんのブランドを高めることになる」という話をしました。
鈴木プロ:あと、ロゴがかわいいです。周りの選手にも「かわいくない?」ってめっちゃ言われてます。「なんの会社?」ってよく聞かれて、簡単に説明しつつ、「あとは調べてね」って。ふふふふふ。
——契約は今年で6年目
小出会長:単なる契約でなく、愛ちゃんと一緒にお客様をご招待するプロアマ戦を毎年行うなど、継続的なアクティビティを展開しています。社員全員が愛ちゃんをサポートする仕組み。そういう意味で彼女が使っているクラブやウエアなどもオフィスの受付近くに並べてあります。何年もサポートしたいし、いまは東京で行われる4年に一度のスポーツイベントという大きな目標に向けて、全員で共有して応援することで社員のモチベーションも上がると思っています。
ストイック&モチベーション
——鈴木プロはご多分に漏れず、小出会長もかなりストイックとお聞きしましたが
小出会長:プロアマ戦などでも一番朝早く会場に来て、一番遅くまで練習していると、ほかのお客様が皆さんびっくりしている。やはり異常なぐらいストイックでないと賞金女王にはなれないのかな、と肌で感じます。特にストイックだと思ったのは、彼女が今よりも若い頃に、「食事はどうするの?」と聞いたところ、「ツアーの最中はお母さんとごはんを食べて、ホテルに帰ってパッティング練習をする」と言う。友達と食事するとつい話が弾んでしまって、練習時間がなくなるからという理由で。それぐらいストイックでないと一番にはなれない。そういう話を当社の社員にも聞かせたいよね(笑)。
鈴木プロ:小出会長との食事では、ゴルフの話か(ダンス・ボーカルグループGENERATIONS from EXILE TRIBEの)亜嵐くんの話をしますよね(笑)。(昨年12月の)セールスフォース・ドットコムのプロアマ戦では(小出会長の粋な計らいで)亜嵐くんから賞金女王をお祝いするビデオメッセージをいただいてうれしかった。
小出会長:そういえば、2年前のリコーカップの前夜祭が終わった後、勝利を導く大事な物を無くしたということを聞いて、私はその日に手配をして翌日届けたこともあったね。
鈴木プロ:全然予想もしていなかったので、とても嬉しかったです。さらにモチベーションを高めて試合に臨めました!
トップを走る
——それぞれゴルフでトップ、ビジネスでトップを走る大変さとは
鈴木プロ:賞金女王も優勝もそうですけど、1回獲れたとしても次から重ねるのは大変。2回、3回と勝つと、「すぐ優勝できるよ」って、みんな言う。でも、選手の立場では簡単なことではないんです。人間だからプレッシャーも感じるし、優勝すればするほど難しさがわかってきて、年齢を重ねるにつれてゴルフも怖くなってくる。昔は勢いでいけたところもあるんですけど。優勝や賞金女王も難しく感じるので、続けていく大変さをちょっとでもわかってもらえたらうれしいかな、と思います。
小出会長:ビジネスもまったく一緒。1回だけ一番になりました、何を取りました、といっても、結局継続性が重要。追う者と追われる者では、追う方が楽ですよね。一番になれば、それを継続して当たり前と周りから見られて、すごく期待値が高まる。彼女もそういう中で戦って去年は7勝積み上げた。今年は、当たり前の難しさに加えて、さらなる期待を超えるような目標設定を自分でしなければいけない。いままでの努力の100倍というか指数関数的な努力をしていかないと一番は獲れない。そこはビジネスもプロフェッショナルなスポーツも同じ。1回だけじゃなく、2回、3回という継続性の難しさが出てくる。
成功に導くメンタリティー
小出会長:ビジネスでいえばブレないことが大事だと思う。企業理念やコアバリューなどを常に高い目標としておいて、ブレないこと。そういう意味で、愛ちゃんは練習もゴルフに取り組む姿勢もブレないので、そういうのを持っていれば成功というのは持続できると思う。
鈴木プロ:25歳だし遊びに行ったりしたいんですよ、本当は。でも、ほかの選手よりめちゃめちゃ少ないと思います。こんなまじめな選手いないですよ(笑)。でもゴルフが仕事。スポーツはメンタルが大事だし、何か迷いが生じたときにすぐに結果に出る。そこは意識を高くして、何か悪い方にいかないように自分をセーブしている。とにかく負けず嫌いなので。毎年3週間ぐらいアメリカで合宿するんですが、最初の1週間はコンドミニアムで一人で生活しています。ゴルフして、食事して、掃除も洗濯も。上手に英語を話せるわけでもないから、めちゃくちゃ孤独です。孤独に耐えるのがメンタル的に鍛えられる。プレッシャーがかかったときの一打は練習の一打とは全然違うので、いくら何百球、何千球打ったからといって、練習してきた一打が打てると思わない。やっぱり気持ちがすごい大事。今年で3年目ですが、メンタルは強くなったと思う。
小出会長:経営トップも同じで孤独(笑)。最後の一打の判断は自分でしないといけない。どの企業も、経営判断の多くは専務や副社長が下すけれども、中には彼ら彼女らが判断できないものもある。事業撤退や長期投資など。たとえば、あす、どれぐらい儲かるか、という判断は彼らに任せる。しかし、100億円投資して結果が出るのが5年後、10年後という判断。こういう難度の高いことは経営者が自分で判断しなければならないから、孤独なんだよね。結局、経験などいろいろ情報を集めながら判断するしかない。これが正しいという、ブレない自分があって、初めて判断できる。
「変化を起こす」
——日本法人20周年。「変化を起こす」がキーワードと聞きましたが
小出会長:外資系企業で三十数年ビジネスをやってきて、ここ十数年は経営に携わっていますが、「外資系企業の経営者という立場から見て、日本人のどんなところが優れていますか」と質問されることがよくあります。それには毎回「変化に対応する能力がある」と答えています。皆さん最初は驚かれるのですが。たとえば、戦後復興もそうですし、リーマンショック、東日本大震災など経済的要素、災害的要素を含めても何か起きたときに状況対応能力があるのが日本人だと思う。その次に聞かれるのが、「では、いま日本が輝かない理由はなんですか」という質問です。これには「日本人は変化に対応できるが、変化を起こす能力が足りない」と話しています。変化を起こす能力を磨かないと、グローバルで活躍できない。若い人には、「変化を起こす能力をセールスフォース・ドットコムで磨いてほしい」という話をしています。そういう人が活躍できる環境を提供するのが私ども経営陣の役目だと思っています。
鈴木プロ:「変化」ということで言えば、日本人の連続賞金女王は不動裕理さん(2005年に6年連続を記録)以来いない。そろそろ時代を変えていかなくちゃいけないですし、日本の賞金女王も(近年は)少なくなってきているので、日本人が取れたら一番いいと思います。日本のツアーなので。まだ海外の試合でトップ10に入れていないので、これまでにない成績を残したい。それと、去年はパッティングに悩まされて、シーズン最後の方は大きいヘッドのパターで自分の感性を殺して成績重視でやってきた部分もあったんですけど、ピンタイプに戻して、めちゃくちゃ練習して、自分の感覚を取り戻したい。やっぱり「パットイズマネー」というぐらいですから、パットは大事。感覚を戻して、4年に一度の大会もある、苦手な夏場にタイミングを合わせたいと思います。