連載企画Vol.1 重心

レースドライバー 星野一樹さん

カーブをすり抜ける

星野一樹さん、通称カズキングは、「スーパー GT300」の2010年シリーズチャンピオンだ。

周回コースを走るレースは、ストレートでの速さよりも様々な形をしたカーブをいかに速く曲がるか、曲がると言うよりすり抜けるスピードがタイムを決める。

では、如何にして速くすり抜けるのか。
「ドライバーに求められる基本は、いわゆるアウト・イン・アウトのコース取りで、できるだけ大きな半径でスピードを落とさないで走ること。スロー・イン・ファストで曲がってからの素早い立ち上がりもポイントです。曲がりきれる範囲でタイヤのパフォーマンスを限界まで近づける、それが速くするコツです」。

「カーブではハンドリングとブレーキ操作で曲がるわけですが、タイヤの限界を引き出すというのは、タイヤの回転方向への縦のグリップと横方向へのグリップをバランスさせて走ることがポイントです」。

週末ドライバーには、理解しにくい。「つまり、フルブレーキをかけてタイヤのグリップ力の全てを縦に使うとハンドルを切っても車は曲がらず真っ直ぐ進みます。ブレーキを緩めていくとその分、横のグリップ力が発生し曲がれるのです」。

イメージはつかんでいただけただろうか。サーキットのなかでも時速200kmオーバーといわれる高速コーナーで有名な鈴鹿のダンロップコーナーはみなさんもご存じのはず。そこの曲がり方は?

「あそこは、上り勾配で曲がった先が見えないブラインドですから一際怖い。走行ラインをきっちりキープしてカーブの頂点・クリッピングポイントめがけて飛び込みます。ビビッていると、曲がったあとのコース幅が余り、踏みすぎるとコースアウト。曲がるときも凄いスピードですが、正確な速度は知りません。メーターを見ていたら確実に事故になりますから。それにタイヤのグリップ力や路面コンディション判断も大切です」。

「とにかく車が自分の身体の一部になるくらいでないと速く走れないのです」。どうやら五感で感じつつ、それこそ脳での情報分析を省略して手足を動かすくらいに感性で曲がるということらしい。

ゴルフの前夜は、床にウェアを人型にセットして寝ます。
時間ができるとゴルフに行きたくなる、というゴルフ好き。

重心が重要な理由。0.2ミリの重心の違いが分かる。

速く曲がるための車サイドの条件もあるはず。車重をコンパクトカー並みに軽量化した他にも速く曲がるためにGTカーが追求していることとは―

「4輪に均等に荷重がかかるのが理想。しかし、FR・フロントエンジン-リアドライブの車では、車の前部がどうしても重くなるので、通常エンジンの側にある重量物の変速機を後輪側に配置したトランスアクスル・レイアウトにしたり、エンジンそのものを車両の真ん中に配置するMRにするなどメーカーは、重量を車両の中央部に持ってくる工夫をしています。また、カーブで発生する横G対策として、左右に車が傾きにくいようにサスペンションのバネレートを硬くセッティングします。重量配分と重心設計を大切にしているのです。特に重心が低いことが速く曲がるためには重要。重心の高さがコンマ2ミリ変わってもドライブフィーリングが変化するのがわかるくらい。ですから、シートも前が見えないくらいに低くセット。エンジニアはシートの高さ1センチで悩んでいます」。

「GTカーは、車というより精密機械ですよ。ドライバーは、そのポテンシャルをしっかり把握して、信頼できないと限界まで速く走ることはできません。操る車の性能次第で、鈴鹿のダンロップコーナーを抜けるときのギアは3速~5速と変わります。速く曲がるには、車の性能次第でもあるのです」。

「限界に挑むのは怖いことです。自転車でも時速50kmで曲がるのは怖いはず。直線なら300km超でも何も起こりませんからちっとも怖くありません。しかし、200kmオーバーで曲がるには、車とドライバーの間に一体感が生まれ、信頼感が持てることがなにより大切です」。

クラブの判断基準は、重心などのスペック。
使うクラブを選択することで、自分の限界を、より高く引き上げることができる、という。

限界に挑む怖さと楽しさ

限界に挑む。カズキングは、限界を味わうのは、決して楽しいことではない。しかし、限界ギリギリでレースを終えたときの快感は、言葉にならないくらいの達成感と充足感があるという。それが、強いレーサーとして知られ、元祖・日本一速い男と評された父、星野一義さん(ホシノインパル社長)の反対を押し切ってまでレーサーの道を選んだ理由だ。

15年来のゴルファーでもあるカズキングが、ゴルフに感じる楽しさもやはり「限界に挑む」がキーワードである。

「ゴルフも精神的な勝負、限界の1歩手前の緊張感に魅力を感じるのです。レースで限界を超えてクラッシュしたら数千万円の車がボツになりますが、ゴルフは500円のボール1個を谷底になくすだけでレースと同じようにスリルが味わえます(笑)。緊張感と限界に挑むシチュエーションはレースと共通していると思います」。

「小さなミスが大きなダメージにつながる分、正確さが必要なドライバーショットとパッティングが好きですね。300kmで走る男がビビルな、といわれるほどティショットは痺れます。白杭が怖い(笑)。しかし、とにかく楽しい」。

レーサーはクラブにうるさい

「ゴルフは大好きで、ましてクラブは好きすぎるくらい。ドライバーだけでも30本以上は換えました。性能面ではバックスピン量にこだわります。自分でつくるわけではないのでピッタリなものは使えないけどできるだけ低重心がいいですね。今使っているのは総重量315g。ヘッドは202g、シャフトが65g、グリップは48g。460cm3ですがディープでやや小ぶりのシルエットです。リストを使うスイングなのでつかまりの良い重心距離が短めのもので、フェースアングルはスクエア。シャフトは……」。

レーサーは、ゴルフ好きで上級者が多いというのは聞き知っていたが、果たしてカズキングからも自分のクラブとはいえ詳細にデータがスラスラと出てきた。

「ゴルフをやるレーサーは、例外なくクラブにうるさいですよ。クラブも車も道具に信頼感が持てないと限界に挑めないし、限界を知らずに使えば池ポチャだし、クラッシュですからね。信頼できる条件のなかでも重要な判断基準として、重心位置のデータがあるのです。飛距離アップにバックスピンが大きな意味を持っているのはいまや常識です。データと性能を信頼できたうえで、自分の手指がシャフトの中に伸びて溶け込むような一体感を求めます。それでやっと求める結果を生む可能性があるのです。しかも、限界の高さは使う道具次第で、より高くすることができるのです」。

「2010年はチャンピオンを獲らせてもらいましたが、チームも変わりますし新たな気持ちでチャレンジします。ゴルフもここ2年ベストスコア(73)を更新できていませんので、ベストスコア、平均スコアともにアップしたいと思います」。

みなさんも、クラブの重心に関心を高めて、シフトアップした限界に挑みたくなったはず。重心がどこにあるのか。そこにゴルフの楽しさが一段と膨らむ予感が色濃く漂う。

2年連続のシリーズチャンピオンとベストスコア更新が、2011年の目標だ。

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