No.298 『海外で活躍できるプロ』
6/10更新
丸山とジャンボとの差は?
( -前略- )丸山茂樹はアメリカツアーでいきなり活躍。内弁慶といわれたジャンボ尾崎プロは113勝しながらも、海外での成績は芳しくありませんでした。今の若者は昔の人間と違うのかもしれませんが、丸山よりジャンボの方が強かったというのは周知の事実です。海外で活躍できるプロとできないプロとではどんな差があるのでしょうか?
(長野県・36歳)
尾崎の頑固は日本ゴルフの宝です
貴兄の見解と私の見解とは異なる。
尾崎将司は海外に己のゴルフの理想を求めに行った男である。丸山茂樹も海外に理想を求めたが、尾崎よりは実利を求める部分が強かった。妥協出来る領域、妥協しなきゃいけない領域は妥協した。そうでなければ1年通じて戦えはしない。
尾崎は頑固じゃあったし、求道的であった。丸山も尾崎と似た性格の部分を多く持つ男だが、尾崎将司ほど己のゴルフに頑固じゃなかった。その差だと思う。
丸山は1年通しての戦いをアメリカに求め、尾崎はマスターズと全米オープンのみ。尾崎が1年通した戦いをアメリカですれば、尾崎の頑固さは変わっていったであろう。この事は15年以上も前から言われ続けていた事であり、海外に慣れるというのは日本の頑固さを一度は壊さなきゃいけないと同義である。
尾崎将司と丸山茂樹の戦いは異なりしものだ。1年間、アメリカで戦い抜いた丸山の粘着力は強い。青木功さんの粘着力、尾崎直道の粘着力、岡本綾子、小林浩美の粘着力も強い。丸山茂樹は彼らの粘着力を追うであろう。
尾崎に粘着力あれば、と思う方もおられようが、尾崎は日本国内を好んだ男である。
タイガー・ウッズは2000年のマスターズ終わるまで、210ヤードの距離でピンを狙っていた。5アイアンで打つ距離はピン狙いであった。
マスターズ終え、全米オープンの時、ウッズは190ヤードまでの距離でピンを狙い、190ヤード以上の距離になるとグリーン中央狙いに変化していた。
ウッズの190ヤードは6アイアンの距離だった。ピン狙う時、ウッズは20ヤードの欲を落とした。アイアン番手1クラブ落とした。バーディの数は増えもせず、減りもせず、ボギーの数だけが減った。そしてウッズは勝ち続け、勝てなくても優勝戦線に残った。今、ウッズは最強のプロゴルファー。
尾崎は日本のゲームの組み立て方を欧米の競技でも変えなかった男である。ドライバーを持ち、コースに向かって大上段に構えて行った男である。グリーン狙う時、日本でのゴルフ以上にピンを狙っていた。
日本では7アイアンからサンドウェッジまでの距離でピンを狙い、6アイアンから先はグリーン中央を狙うような実にズル賢いゴルフに徹していたのに、メジャーの戦いの場では4アイアン、3アイアンでピンを狙っていた。
ピン位置がグリーン中央であれば何も問題はない。ベン・ホーガンが全米オープンに勝った時、2アイアンで放ったバーディショットの写真が残っている。220ヤード先のピン位置はグリーン中央であった。
しかし、グリーン端にピンが切られた時、そのピンを狙うのは危険性が伴うものだ。尾崎は己の理想に頑固過ぎた男だと思う。背伸びし過ぎた面を感じる。日本と同じように7アイアンまでのクラブでピンを狙い、6アイアンから先のクラブでグリーン中央狙いに徹すれば、尾崎将司は早い時期に欧米で勝っていたと推察する。
尾崎は己のゴルフに頑固であり、メジャーに挑んだ時、なお一層の事、頑固になった。理想を求め過ぎた。尾崎と丸山の差はそこにあると思う。
しかし尾崎は変わらない方がいい。尾崎の頑固さは日本ゴルフ界の宝である。私は尾崎将司の頑固な戦いぶりを尊敬している。中嶋常幸の頑固さも十分に尊敬する。
丸山も頑固さを持つ男じゃある。そして、粘着力と順応性を持つ。尾崎将司には欧米に対する粘着力と順応性が欠けていた。欧米で長く暮らす事は出来ない男だった。
ゴルフ界の歴史は語ると思う。そこだけが尾崎将司という稀代のプロゴルファーの悲運だった、と。
この「野性塾スペシャル版」は週刊GDの過去の連載からピックアップして転載したものであり、周囲の状況が現在と異なっていることが多々あります。
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