科学の力で、ゴルフはどこまで変わるのか?
スウィングからパッティング、果てはクラブまで。
ゴルフの全てを科学の力で解明しようとする男、ブライソン・デシャンボー。
2020年には全米オープンでメジャー初優勝を遂げた彼は今、何をしようとしているのだろうか。そして、ゴルフの未来をどうとらえているのだろうか。
Chapter 1
【デシャンボーとは何者か?】
探求することから始まったデシャンボーのゴルフ人生
1993年9月16日、カリフォルニア州に生まれたデシャンボー。父親の影響で子供のころからゴルフに親しんだ。15歳の時、コーチから渡されたスウィング探求の書「ザ・ゴルフィング・マシーン」によりスウィングが一変。高校卒業後、奨学金を得て進学した大学(南メソジスト大)では、物理学を専攻。件の「ワンレングスアイアン」も、プロ転向と同時に用品契約を結んだ「コブラ・プーマゴルフ」のラボに通い、一から設計に携わった。そんなデシャンボーだからこそ、スウィングにも常に「実証可能な合理性」を求めてきた。
2016年当時から変わらないのは、手首の動きを抑えて、腕からクラブまでを一直線にし、スタートからフィニッシュまで、クラブが同じ平面上を動くような、究極の「ワンプレーンスウィング」。2018年からは、バイオメカニクスの知識を採り入れ、同時に肉体改造で強大な筋力を手に入れた。
Chapter 2
【デシャンボーが目指すもの】
もうすぐ究極のハイブリッドスウィングが完成⁉️
デシャンボーのスウィングは、元々、「再現性」、「正確性」により重きを置くものだったが、そこに新たなパワーソースを追加して、「飛距離」の部分を強化したものに進化している。
「彼のスウィングは、上半身が『主』で、下半身が『従』でしたが、現在は下半身が『主』となり、巧みに上半身をリードしている。それが、元々持っている正確性を損なわずに、飛距離をプラスすることに成功した、大きな要因だと思います」と吉田洋一郎プロは分析する。
2016年のスウィングは、現在よりスタンス幅が狭く、下半身の動きは“静か”。それに比べると、現在のスウィングは、下半身のダイナミックな動きが際立つ。
「上半身は、車に例えると『ハンドル』の役割で、あまりアクティブに動かさずに、いつも同じ動きをすることが求められます。これに対して、下半身は『エンジン』で、積極的に動かすほど大きなパワーを得られる。デシャンボーは、まったく暴れない上半身に、力強い下半身をあとからミックスしましたが、結果的に全体としてバランスは取れています。現在のスウィングは、筋力も含めて、彼の考える『完成形』に 限りなく近いと言えるでしょう」(吉田洋一郎プロ)
Chapter 3
【10代からのコーチ、マイク・シャイの教え①】
すべての基本となったワンプレーンスウィング
デシャンボーには、12歳から師と仰ぐ人物がいる。それが、マイク・シャイだ。シャイは22歳で地元のゴルフ場のヘッドプロになり、ツアー経験は少ないものの、人生の多くの時間をスウィングの研究とレッスンに費やしてきた人物。デシャンボーが12歳の時、デシャンボー自身の意志でシャイをコーチに選んだ。現在に至るまで一度たりとも関係が途切れることはなく、濃密なコミュニケーションを続けている。
2人の強い結びつき、その「理由」を語る上で、「ザ・ゴルフィング・マシーン」(TGM)という書籍の存在は大きい。「TGM」は、著者のホーマー・ケリーが、スウィングについて周囲のプロをいくら質問攻めにしても、納得のいく答えが得られなかったことから、自分自身でスウィングの真実を解き明かすことを決意し、62歳で上梓した本。シャイとデシャンボーは2人とも、人間の感覚のあいまいさを排除し、スウィングの本質に迫るケリーのアプローチの仕方に共感した。そして、「TGM」で示された、真に合理的なスウィングを実践したものが、デシャンボーがアマチュア時代から一貫して採用している、「ワンプレーンスウィング」なのである。
Chapter 4
【10代からのコーチ、マイク・シャイの教え②】
スウィングタイプを左右する左腕のセッティング
「ザ・ゴルフィング・マシーン」(TGM)で提示される、「マシーン」(スウィングの基本概念)の模型は、旋回可能な垂直の軸に対して人間でいう肩の位置に斜めのアームが取り付けられていて、それが上下動するだけになっている。これが、デシャンボーが理想とする、究極にシンプルで再現性の高いスウィング。
「左腕をどうセットするかによって、スウィングが『プル型』か、『ヒット型』かに分かれると言ってもいいかもしれないね。具体的には、左腕の上腕部を内側に回して、ひじが外向きになる(目標方向を向く)と『プル型』で、上腕を外側に回して、ひじを下向きにするのが『ヒット型』。ブライソンはどうかというと、上腕部を内側にねじってから、前腕部(ひじから先)だけを、限界まで外側にねじって、さらに手首を小指のほうに曲げてロックしている。上腕部の構えだけで見ると『プル型』のようだけど、打った後に上腕部をローテーションさせるので、実は『ヒット型』。(マイク・シャイ)
シャイは、スウィングの主な要素はクラブの上下動と、体の回転だと考えている。シャイ自身の左腕のセッティングだと、確かに、クラブを斧のように上下に速く動かすのには都合がいい。それに体の回転を加えることで、スウィングが出来上がる。まさに、「TGM」のスウィング概念模型と同じというわけだ。
Chapter 5
【最適な転がりを求めて】
スウィングだけじゃない!「パッティングも科学だ」
デシャンボーがプロに転向した最初のシーズン、彼はパッティングに問題を抱えていると感じていた。そこで彼は、パット専門のラボを主宰し、オリジナルパターも製作する「SIKゴルフ」の、スティーブ・ハリソンのもとを訪ねた。測定機器を使って、パッティング時のヘッド軌道やボールの転がり方を精密に測定した。「理系」のデシャンボーは、データをひと目見て、自分自身の問題点に気づいた。そして、ハリソンをパッティングコーチとして、チームの一員に招き入れたのだ。
デシャンボーに関して、ハリソンが特に重視したのが、ストローク幅の安定だ。テークバックとフォローの振り幅を「目盛り」で示した、独自の練習器具を使って、同じ距離であれば、いつも同じ振り幅で打つということを体にしみ込ませた。感覚に頼りがちになるところを、メカニズムに置き換え、プログラムされた機械のように動くことで、ツアーの強烈なプレッシャー下でも実力を発揮できるようになったというわけだ。
Chapter 6
【スウィングを変えた、バイオメカ①】
地面反力をフルに活用したデシャンボーの新スウィング
デシャンボーの飛距離が短期間で飛躍的に伸びた背景には、タイガー・ウッズをよみがえらせたコーチとして有名な、クリス・コモの指導がある。デシャンボーとコモは、2018年の夏ごろからスウィング改造に取り組み、約2年を経て、デシャンボーは今や新たなスウィングを完全に自分のものにした。
クリス・コモの指導は、テキサス女子大学のヤン・フー・クォン教授が提唱する、バイオメカニクス(生体力学)的アプローチに基づいているので、科学的、客観的事実を重視するデシャンボーには、受け入れやすかったはずだ。オーソドックスな「地面反力」の使い方と、足裏で作る「トルク」(回転力)の強化に取り組んだことで、下半身の動きが一変、デシャンボーのスウィングはさらにパワーアップした。
Chapter 7
【スウィングを変えた、バイオメカ②】
飛距離だけじゃない! 滑らかさも加わった、デシャンボーの2020打法
デシャンボーと長年、苦楽を共にしてきたコーチ、マイク・シャイは、学生の頃のデシャンボーと次のようなやり取りがあったことを明かしている。
「ブライソンは現状維持ではなく、常に新しいことを発見したいという姿勢を持った生徒だった。だから、ボクはいつも彼に次はこれを試してみよう。でも、もしかしたらそれでプレーが下手になってしまうかもしれない。それでも試してみたいかい?』ってね。すると彼は100%迷うことなく、新しいやり方を試していたよ。多くの人が変化を恐れて躊躇してしまうことを、知的探求心につき動かされて実際に体験する道を選ぶ。そういうある種の『どう猛さ』が、彼のいちばんの強みだと思うよ」(シャイ)。
クリス・コモと一緒に取り組んだ『第1次スウィング改造』と呼べるものは、すでに完成している。だがデシャンボーは恐らく満足してはいないだろう。今後も、新しい知識を採り込んで、さらなる進化を見せてくれるはずだ。
『レッスンの匠 ゴルフの求道者 ブライソン・デシャンボー』は、チョイスNo.235に詳しく掲載されています。