週刊ゴルフダイジェスト「BACK9」の内容を、バックナンバーとしてほぼそのまま転載しています。内容は紙雑誌掲載当時のものですので、詳細の状況等は変わっている場合があります。ご了承ください。
大会後に米国のメディアが取り上げた直接の原因は、やはり最終日、逆転勝ちに向けスパートをかけなければならなかった状況の3番ホールでのダブルボギーだ。350ヤードとオーガスタでもっとも短く、4日間を通じて7番ホールに次ぎ2番目に易しかったパー4をドライバーで攻め、右の林に打ち込み、スタンスがとれず左打ちでの脱出は見事だったが、その後アプローチ、パットをミスし、4オン2パットのダボ。2番でイーグルチャンスを逃して、バーディを獲った矢先のダボだけに、その後流れをつかみ損ねて後退してしまった。 地元アトランタジャーナル紙によれば、この3番、ウッズはいつも通りアイアンで打とうと考えたのだが、キャディがドライバーを手渡し、「最終的な判断はプレーヤーの責任」(ウッズ)と言うものの、結局、ドライバーで打ってしまったという戦略的なミスを犯している。日に日にグリーンが乾き、速くなった最終日、少しでも距離を稼いで、ウェッジでピンをデッドに攻めたいという気持ちがあったのだろうが……。 しかし、本来今年のオーガスタは「雨の対応に追われてなのだろうが、ラフを刈る時間がなかったようで、ラフが結構伸びている」とJ・マガードが語っていたように、とくにフェアウェイキープは必須条件だったはずで、やはりいつも通りアイアンでティショットすべきだったとの声が上がっているのだ。 ちなみに、全体の飛距離が延びた上、雨でランがなくなった分、実質的な飛距離が大幅に延びたにもかかわらず、このラフの長さのせいもあって、優勝したM・ウィアー、2位のL・マティースら非力な選手が、上位を賑わす結果につながったともいえるだろう。 それはともかく、ウッズにとって基本的なオーガスタの攻略法は、パー5でスコアを伸ばし、残りのホールでボギーを叩かないというもの。実際、ウッズ初優勝の97年にはパー5のホールだけで13アンダー(4日間)、一昨年は9アンダー、昨年は7アンダーだった。ところが、今年のウッズは4日間で4アンダー。やはり、雨で事実上コースの飛距離が長くなった影響といえるかもしれない。 また、グリーン・コンディションの状況変化にも対応できなかったのも原因だろう。雨で中止となった木曜日、日本人選手では唯一人、練習グリーンでパットの練習をしていたのが片山晋呉だったが、このとき練習グリーンにいたのは、M・ウィアーとV・シン、J・フューリックの3人だけで、ウッズはスタート時間が遅かったために、練習をしなかった。オーガスタのグリーンには、その地下に「サブ・エア・システム」という高圧の空気を地下からグリーン表面に向けて送る装置が備え付けられている。それによってグリーンの水分を一気に大気中に吐き出して発散させ、グリーンを乾かす仕組みだが、今年は大雨でこの効果も大きく、「第1ラウンドと最終日ではパットのラインも変わるほど、グリーンのスピードは変化していた」(片山)と言うほど。 火曜日の時点では、前日の強雨にもかかわらず、「グリーンはいつもより多少柔らかいが、まだまだ下りのパットなど非常に速い」と語っていたウッズだが、雨が降り続いた後の金曜日の第1ラウンド、今度は重いグリーンに対応できずに、「とにかくパットが入らなかった」と30パットを叩いた。 さらに不運も重なった。初日の中止で、アウトとインの両方からの2ウェイスタートでプレーしたために、ウッズは結局4Rとも、最終組に近い組でプレーするハメになった。遅いスタートでは当然スパイクマークの傷なども増えハンディを負うことになる。加えて、均されてないバンカーやディポット跡にボールを入れることも度々あり、ゴルフの女神にも見離された感もあったようだ。 結局は「マスターズ3連勝は簡単なことではない。誰も達成したことがないことがそれを証明している」(ウッズ)ということだろうが、あと1打で予選通落ちという位置から、優勝争いできそうな所まで巻き返したのだけはさすがタイガーだった。