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週刊ゴルフダイジェスト「BACK9」の内容を、バックナンバーとしてほぼそのまま転載しています。 内容は紙雑誌掲載当時のものですので、詳細の状況等は変わっている場合があります。ご了承ください。 |
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週刊ゴルフダイジェスト 4/20号 |
2004年更新 |
開幕戦で兼本“悪夢”、観客に打球当て
2日目2位→最下位→スコア誤記で失格
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男子ツアー開幕戦、東建ホームメイトカップで前代未聞とも言える珍事が起きた。藤田寛之優勝の裏で、2日目まで2位で優勝が争える位置にいた兼本貴司が、3日目、まさに“悪夢”を見たのだ。
2位でスタートした兼本貴司はアウト「41」、イン「52」の「93」の大叩き、3日間トータルで20オーバーとし、2位から一気に最下位に転落した。この「93」は実質的にツアー史上ワーストタイの記録。記録上では87年、鈴木規夫の「122」がワーストだが、これはスコアカードの9番ホールの欄にアウトの合計スコアである「42」を誤記入したもの。事実上は85年の高尾賢治、87年の丸山仁義、そして今回の兼本の「93」がワースト記録なのである。
しかし、兼本の場合はこれだけで終わらなかった。実は8番ホールは「6」だったところを「5」と誤記入して提出してしたことに夜になって気付づき、翌朝、競技委員に自己申告し過少申告で失格となった。つまり本来なら兼本は3日目に「94」のツアーワースト記録の更新をしていたはずだが、失格となったため記録は成立しなかったのである。
この兼本の「93」と過少申告の裏には、実は次のようなハプニングがあった。この日の兼本は確かにゴルフの内容は悪かった。6番までですでに3オーバー。前日まで好調だっただけに「ボギーが続いてイライラはしていた」と本人は振り返る。その直後の7番ホールのティショットで“事件”は起きた。
「アゲンストだったので右からドローで戻してフェアウェイを狙おうと思って打ったらヒールに当たってチーピンが出た。アッと思ったらロープの外を歩いていたギャラリーの後頭部を打球が直撃するのが自分でもハッキリと見えた」と、本人はその瞬間を証言する。
兼本が駆けつけて安否を確認すると男性はすぐに起き上がったが、いかんせん打球は勢いよく頭部を直撃したため精密検査の必要があった。兼本はその場の大会スタッフに事後の適切な処理を頼み、男性は会場近くの桑名市内の病院に運ばれた。検査の結果、異常無しと診断され、試合観戦のためコースに戻り、ホールアウト後に男性と再会した兼本は陳謝した。
この間の心境を、後に兼本はこう振り返る。
「当たったのを見た瞬間はもう自分でも何がなんだか分からないほど動揺した。セカンドショットを打つときは震えた。2度と左へ引っ掛けてはいけないと思い、必要以上に右に逃げてしまいそのホールはダボ。そこからはもう訳がわからなくなった。プレー中、もしものことがあったら一生フォローしていかなくては、とかいろいろな考えが頭をよぎった」
もちろん、ゴルフの試合観戦では今回のような打球事故は稀なことではない。当然ツアー側でも対策は立てており、「トーナメント振興協会を通して試合の主催者側に必ず保険に加入してもらっている。被害者への治療費等はその保険でまかなうことになっている」(小山和顕トーナメントディレクター)とのこと。
しかし、この打球直撃事件について、後日、兼本が棄権せず最後までプレーを続けたことを賛える意見が上がった。ギャラリーに打球をぶつけた後のスコアの乱れは明らかで、12番のパー4では「10」、16番のパー3では「8」と、本人も「ひとつのホールで5オーバーも叩くなんて初めての経験」というくらいその影響は大きかった。
「それだけ動揺したら普通はプレーできる状態ではない。それだけでも棄権する理由になるはず」と言う人もいるが、兼本は棄権しなかった。何故か。
「たしかに棄権も考えたけど、体のどこにも異状がないのに棄権するべきではないと思ったし、棄権しても何も解決しない。もちろん事故後は体の変な力が抜けないし、集中力を欠いて自分でも何をやっているかわからない状態だった。正直、早く終わりたいと思いながらプレーはしていた。でも、身体が何ともないのに棄権をするというのは、観に来てくれたお客さんに対して失礼だと思った」と兼本は言う。
ゴルフはメンタルなスポーツと言われるが、今回の打球直撃による兼本の一件は、プロゴルファーでもメンタル面の影響でこれほどまでにスコアに影響が出ることを如実に示した。
一見コワモテに見える(?)兼本だが、実はとても繊細でいいヤツとツアー仲間でも評判の男。本人も「俺はどちらかというとそういうことを気にして引きずるタイプ。だからあれほどスコアを崩したんだと思う」と言う。誤解を恐れずにいえばこの手の試合中のアクシデントは避けられないもの。それが繊細な心の持ち主の兼本の身に起こってしまったことは、彼にとっても不運だった。
心機一転をはかり、早く悪い記憶を吹っ切り、ツアーでの活躍を期待したい。
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