ゴルフ場でキャッシュカードをスキミングされ、約3200万円の預金をほぼ全額引き出された被害者に対し、銀行が全額返金するという画期的な和解が4月26日に成立した。
今回の被害者は週刊現代元編集長で講談社元取締役の鈴木富夫氏。訴えていた相手は東京三菱銀行と三井住友銀行。そしてスキミングの舞台はあのレイクウッド系の平塚富士見CCだ。
鈴木氏がゴルフ場ではなく銀行を訴えたのは、レイクウッド事件で逮捕者が出るまでスキミングの原因が平塚富士見だとは気が付いていなかったためだ。
貴重品ボックスのマスターキーを窃盗団に渡した容疑で、レイクウッドゴルフクラブ富岡コースの遠山秀樹支配人が逮捕されたのは今年1月19日だが、鈴木氏が平塚富士見でプレーをしたのはその10カ月前の昨年3月。預金が引き出されたのはその2カ月後。
銀行に払い戻しを求めたが、例の「原則銀行は補償に応じない」という約款をタテに応じてもらえず、昨年8月、東京三菱・三井住友両行を東京地裁に提訴した。
一般に預金引き出しがスキミングから数分以内、遅くとも半日以内に完了してしまう中、2カ月というタイムラグは珍しい。
従って、警察にも、預金が引き出される直前の立ち回り先や、どこでサイフの入った上着を預けたかなど、詳細な情報を提供したが、さすがに2カ月前となると『想定外』。レイクウッドは提供した情報から漏れていた。
このため、鈴木氏はどこでスキミングされたのかまったくわからず、銀行を訴えるしかなかったのだ。
「当初はゴルフ場に損害賠償を請求すべきだ、などとも主張、争う姿勢を見せていた両行だったが、2月に入って東京三菱が姿勢を軟化、3月29日には両行とも全額を支払う意志を表明した」(鈴木氏の代理人弁護士)という。
レイクウッド事件直後は盗難、偽造ともに被害に対する補償はしないという姿勢を鮮明にしていた銀行も、その後の世論の厳しい非難ゆえに、態度をほぼ180度変更。
今年3月22日には、西川善文全国銀行協会会長が偽造被害について「原則補償に応じない」から「原則応じる」に変わった。また、預金者に明らかな落ち度があるかどうかの立証責任も銀行が負う方向で業界自主ルールを変更する方針を明らかにしている。
鈴木氏の裁判を担当した藤山雅行裁判長は、昨年まで行政訴訟を担当、小田急線の高架訴訟で住民に勝訴判決を出したり、テレビ朝日株譲渡を巡る、旺文社の赤尾兄弟の脱税裁判で国税敗訴の判決を出すなど、行政側に厳しい判決を書くことで有名になった裁判官。
今回も強力なイニシアティブを発揮したのかどうかはわからないが、またも藤山裁判官が画期的な事例の当事者となったことは間違いない。
スキミング被害問題では4月14日に秋田地裁でゴルフ場に対し337万円の支払を命じる判決が下りているが、この金額は被害額全額ではなく6割。貴重品ロッカーとキャッシュカードで同じ暗証番号を使用していたことで、被害者側の過失分が相殺されてしまったためだ。
鈴木氏が使っていた暗証番号も生年月日。ロッカーの暗証番号も同一だったが、マスターキーを使うという手口の場合、ロッカーの暗証番号だけ変えていても無意味という要素はあるにせよ、これで銀行が払い戻しに応じてくれるのなら、わざわざゴルフ場を訴える必要はなくなる。
スキミング事件は、ケースごとに個別の事情は異なるし、今回は判決ではなく和解なので、司法が被害の賠償を銀行がすべきだと判断したわけではない。だが、少なくとも東京三菱・三井住友相手に補償を求めている被害者にとっては朗報だろう。
「預金の不正引き出し被害に対する預金者の負担が少額であるべき」ことを、法的に定めているのが、先進国の『ジョーシキ』。事情をマスコミに大々的に報じられたためか、政府も背中を押され、自民党から「偽造・盗難カード預金者保護法案」が5月中にも国会に提出される見通しになった。
しかし、窃盗団に狙われるのは、貴重品ボックスがフロントから見づらい位置にあるなど、ワキの甘いゴルフ場。銀行が返すのだからゴルフ場はワキが甘くていい、ということにならないのは言うまでもない。
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