ゴルフ界に激震が走った。6月17日、日本プロゴルフ協会(PGA)の長田力前会長、石井秀夫前副会長、船渡川育宏理事の3人が、神奈川県警暴力団対策課と藤沢北署に、有印私文書偽造・同行使の疑いで逮捕されたのだ。今回の容疑は、昨年11月21日に行われた会長選を巡る事件となる。
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公式会見で陳謝するPGA現執行部
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PGAの会長選は、4430人(現在)の全国の会員を14地区に分け、全国120人の代議員(会員数が違うため、地区ごとに人数は異なる)を選出。この代議員の互選により、各地区が1~2人の理事を選ぶ。
この理事21人と、外部理事としてJGTO(日本ゴルフツアー機構)から派遣された渡辺一美氏を加えた22人が3年に1度、代議員総会で会長選を行う。
03年に会長となった長田容疑者は、その当選を支えた副会長の石井容疑者と、現在米ツアーで活躍中の倉本昌弘を中心に改革路線を推進。これは同時に、99年に同協会から分裂したJGTOとの急接近でもあった。
その進め方は「急速すぎた。あんな風に簡単に物事が前に行くのはおかしい。JGTOとの融合は、グローバルに考えたら当然やんなきゃいけないことだが、4430人の会員がいる以上、その中でもっと対話しないと。前執行部は実権を握りすぎた」と、松井功現会長が苦々しげに語るほどの勢いだった。
それだけに、会員内の反発も強烈だった。11月に行われる代議員総会は、毎回大荒れ。JGTOとの融合、商標権を巡る問題などで意見がまとまらず、収拾のつかない状態に陥ることもしばしばだった。そんな中で長田体制は任期の3年間続いた。
そして迎えた会長選。その前段となる11月7日の神奈川地区の理事選で、石井副会長(当時)が落選したことが、今回の事件の引き金となっている。自派閥の理事の落選は、そのまま会長選の票の減少につながる。
そのため、何とか対策を立てようと思い立ったのが、神奈川地区理事選の議事録を改ざんすることだった。
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(左)長田力PGA前会長/(中)石井秀夫前副会長/(右)船渡川育宏理事
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すでに終わってしまった理事選に関して、欠員補充という形で石井の復活を画策。あろうことか都内のPGA会長室を舞台に、11月11日の真っ昼間から、一文を議事録に付け加えたことが、今回の容疑というわけだ。
だが、議事録改ざんが目指していたところは何だったのか。例え改ざんの事実がバレなくても、選挙当日、長田会長続投のために石井容疑者が一票を投じるためには、神奈川の理事の誰かが欠席しなくてはならない。
ここで浮かび上がってくるのが拉致というスポーツの世界とはおよそかけ離れた驚きの事件だ。
会長選当日、問題の神奈川地区選出のK理事が、会長選会場に姿を見せなかった。K理事の無断欠席に、関係者は首をかしげ、やがてその弟と連絡が取れるが「行方がわからない」と言われてしまう。
結局、会長選はK理事欠席のまま行われたが、ここでK理事の代理として石井容疑者が投票した事実はない。
実は、PGAの会長選は「理事欠席の場合の規定はない。これについては今後、選挙管理委員会を設けて規約を含めて制度を開拓したい。これまでは、規約にない問題が起きるとその場で決定してことを進めてきた」(森静雄現副会長)という状況下で長年行われてきたのが実情だ。
この時は「大声が飛び交う中で『投票させろ』と言ったかどうかはわからないが」(森副会長)結局そのまま行われ、11対7で、松井氏が当選。長田政権は終わりを告げて、松井新会長が誕生し、議事録改ざんは結果的に何の意味もない悪あがきとなってしまった。
K理事の行方不明事件については「11月30日になって当該理事(K理事)から報告を受け、監事の金澤さん(昭雄氏=元警察庁長官)に相談して12月7日に神奈川県警に状況を説明。その際、刑事事件と判断されたので個人的な問題ではないと、12月13日に緊急理事会を開いて報告した」(森副会長)と会見で説明している。
詳細については「『家を出て拉致された』という事実以外は捜査中のためお話できない」(森副会長)としながらも「報道の通り」という言い方で、暴力団風の男達に車に乗せられ、約9時間連れまわされたという事実を前提に話しているのが現状だ。
そこで、一体誰がK理事に対してこんな暴挙に及んだのか、それにかかわっているのは誰なのか、という疑問が残る。
今回の議事録改ざん事件で逮捕された3人は、6月22日現在、まだ取調べを受けている状況だが、当然、こちらについても関与が疑われていることは想像に難くない。
他に同じ神奈川選出の木下久雄理事のところにも、理事辞退を促す脅迫とも取れる電話がかかっている。「自分で話していないんだ。女房が出ただけ」(同理事)
だが、他にも脅迫まがいの行き過ぎた選挙運動が横行していたことを裏付ける証言ではある。
ところで気になるのは、拉致事件の実行犯とされる男達も含めた暴力団関係者の影だ。
ゴルフという明るいスポーツとはおよそかけ離れた存在に見えるが、業界を引っ張る立場の尾崎将司が、その交際を報じられ、87年のマスターズを辞退するなど、常にそのかかわりは取り沙汰されてきた。
松井会長は「すぐにでも黒い噂がなくなるように、透明性のあるPGAを作りたい。個人的意見だが、そのためにはコンプライアンス(法令順守)も含めて会員を再教育したり、警察と協力しながら(黒い交際があった場合)資格停止など、社会的制裁も含めた倫理規定を考えたい」と、根絶を断言。
だが、金銭がらみの問題なども多く、実現までにはとてつもなく長い道のりが横たわっている。
今回の事件の根底にある長田態勢続投への野望について、松井会長は「利権などは考えられない。名誉、名声が欲しかったのか。(長田)当人の心の問題じゃないか。『続けて会長をやりたい』とは言っていたが、なぜか、ということまでは聞いていない」と話したが、本当のところはどうなのか。
公益法人(社団)でもあるPGAの収入源は、4442人(1月6日現在)の年会費と、資格認証費(プロのライセンス発行)、及び事業収入が大半だ。
では、一体どれぐらいの規模の金銭を扱っているのか?
昨年の決算報告書によれば、当該年度収入は17億3106万9482円で、支出は16億5471万7758円。つまり収支はプラス7635万1724円となっている。来年には50周年を迎える歴史あるPGAだけに、繰越金は9億9662万5862円だ。
もちろん会長1人が動かせる金であるはずはないが、それでもこれだけの額を抱える団体の長の座は、様々な意味で魅力だったのだろうか。
また長田体制下におけるJGTOとの急接近が、何らかの歪みを生み出し、今回の事件へと発展したとの見方もある。
99年1月のJGTO分離、独立でいがみ合った2団体だが、現在ではお互い、理事会に人材を送り込んでいるほどにまで近づいている。
JGTOからは、前述の渡辺氏がPGA理事会に入っており、長田前体制下のPGAからは、今回逮捕された船渡川、石井の2名がJGTOの理事メンバーに入っていた。
だが、PGAの政権交代によって状況が変わった。船渡川が理事として残った理由は「(昨年7月のJGTO)社団法人化に貢献したためだが、私が会長になった際、他に2人のPGA理事を推薦した。しかしこれはなぜかわからないがあちらから却下され、それきりになっているのが現状」(松井会長)と、複雑な様相を呈してきている。
これまではPGAから送られていた理事を受け入れていたJGTOの突然の態度の変化。
これに対してJGTOは
「03年に石井副会長をPGAから派遣の理事として入れ、その後、融和策の一環として04年に長田前会長が推薦する船渡川理事を入れたが、本来、JGTOは地団体から派遣の理事は1団体から1人。それを2人派遣を既成事実として、今年1月に別の2人を入れるように文書で要請してきた。JGTOは競技団体なのに、競技とは無縁の2人だったので、競技の運営管理ができる人材を派遣して欲しいと逆に要請したが、それに回答がない」(JGTO広報)
と反論。
分裂当初の冷戦状態に逆戻りした感は否めない。いずれにしても、すでにPGAでは様々な面での実害が出始めている。
現状では、数少ないトーナメントの一部で、物品提供予定のスポンサーから400万円相当の提供を「保留にしてくれ」と言われたり、申請中だった貸金庫の契約を断られたりといった形だが、これが全国各地の会員にどう及ぶのか。
ただでさえ年間6試合しかないPGA主催のシニアツアーのように、団体としてだけではなく、会員ひとりひとりの悲鳴が聞こえてきそうな今回の事件。
JGTOは別団体だが、そのメンバーの大半はPGA会員であることもあり、一般のファンには区別がつきにくく≪男子プロゴルフ界≫という一くくりにされれば影響が出る可能性もある。まさにこの事件、ゴルフ界にとっては最大のピンチとなってしまった。
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