今年初めての、フルのフィールドで戦われた米シニア、チャンピオンズツアーのタートルベイ選手権。大波乱の試合を制したのは、ジェリー・ペイトだった。ジェリー・ペイトとはまた懐かしい名前だが、70~80年代に一世風靡した後、一瞬にしてツアーから姿を消したペイトに一体何が起きていたのか。
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もうひと花咲かせるか、ジュリー・ペイト
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最終日、風速15メートル前後の強風が吹き荒れるハワイで、本命、ビッグネーム達が、続々スコアを落とす中、54歳のペイトが、着実にスコアを伸ばし“再復活”を果たした。
ペイトの名前を知らない人も多いかもしれないが、ルーキーシーズンの1976年の全米オープンに22歳で優勝、それから82年のプレーヤーズ選手権まで、レギュラーツアーで8勝をあげ将来を嘱望されるプレーヤーだった。
しかし、不運のプレーヤーで、82年に首の筋肉を傷めて、その後、米ツアーではまったく勝てなくなってしまったのだ。
アメリカでは、CBSやABCといったテレビ局のレポーターを90年代に務めていたことから、ファンは少なくないが、2年前の06年にシニアのアウトバックステーキハウス・プロアマでなんと24年ぶりの復活優勝まで、パタリと優勝から見放されていた。
が、その優勝の直後に再び故障。その夏に右肩の手術を行い、再起が危ぶまれたが、今回この試合で、ようやく再復活を果たして、古いゴルフファンを沸かしたのだ。
それにしても、この試合は波乱続きだった。
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最終日を迎えるまでは、チャンピオンズツアー25勝のギル・モーガンが逃げ切るかと思われたが、最終日は77の大叩きで4位タイ。
同じく、この試合だけで6勝、シニアのハワイでの試合では計9勝というハワイでの試合には滅法強いヘール・アーウィンも最終日77でトータル5オーバーの33位。
途中まで優勝争いに加わっていたベルンハルト・ランガーは、最終日76で結局1アンダーの8位タイ。
この最終日だけで90というスコアを出したプレーヤーもいたのだから、どんなに難しかったかがわかるだろう。
そんな中で、シニアツアー、ルーキーのフルトン・アレムやジム・ソープを2打差で抑えたペイトは、最終ホールをボギーとし70というスコア。
3メートル強のパーパットを外さなければ、ただ1人60台のスコアを出していたというのだから、今回の再復活は、どうやら本物のようだ。
アーウィンはこの6月には63歳だし、モーガンも9月には62歳になる。
ちなみにチャンピオンズツアーの最年長優勝記録は63歳。
アーウィンがこの記録を破るのを見てみたい気もしないではないが、時代は、アレム、ランガーなどへと世代交代し始めたといえるのかもしれない。
そしてその一角にペイトもその名前を連ねることになりそうだ。
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