先日亡くなられた坂東三津五郎さん(享年59)は大のゴルフ好きだった。
13年9月のすい臓がんの摘出手術から復帰したときも「沖縄でゴルフをしたり『リゾート療法』でよくなった」と語っていたほど。昨年9月には、毎年恒例だった「坂東三津五郎を囲むゴルフコンペ」で塩谷育代と同組で回っていた。
塩谷は知人の紹介で三津五郎さんと知り合い、約10年前から毎年、中部地区のコースで行われる同コンペに参加してきた。「ゴルフに本当にまじめに取り組まれてるんだな、と感じました。お上手でしたね。スコア的には90前後……、いや80台でしょう」と三津五郎さんの印象を語る。
プレー中、印象的だったのは「歩き方」だ。「凜りんとしていると言えばいいんでしょうか。さすが歌舞伎を極めた方だなと」。プレー以上に感心したのは、周囲への心配り。
「お客様への対応がすばらしかった。とにかく腰が低くて。ゴルファーとして1番大事な部分をしっかり持っておられました」。塩谷が解説するトーナメント中継を見て「お元気そうですね」とメールしてくることもあったという。
実は一緒に18ホールともにしたのは、昨年9月が最初で最後だった。「きっと体がきつかったんだと思います。特に足が。後で聞いた話ですが、前の夜に『しんどい』と話していたそうですから」。三津五郎さんはそれまで、1組目でスタートすると、1ホールを終えて後続の組に合流。そしてまたその後続組へ……と同じホールを繰り返すことでほぼ全組に顔を出すよう心がけていた。それが三津五郎さん流のもてなし方だったのだろうが、参加者は150~160人というから、労力は相当なもの。表彰式でも全部のプレゼンターを務めていたというのだから。
「いつものペースでは18ホールどころじゃないはずですよ。だから、たまたま同組だった私との1ラウンドになったんじゃないですかね」
その日、前後の組と余裕があったとき、アプローチのレッスンをした。「私のアドバイスをそれはもう真剣に聞いてくれて…。また是非ご一緒させていただきたかったんですが」と残念そうに振り返った。
た。三津五郎さんと同い年の中村時蔵さんも「プライベートでもゴルフをしたり、マージャンをしました」とゴルフ仲間の多くが偲んだ。合掌。
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